SHORT ESSAYS
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8. 「愛を耕すひと」を観て
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8. 「愛を耕すひと」を観て 北田敬子 「愛を耕すひと」という邦題にはどこかセンチメンタルな響きがある。だがこれは掛け値なしに骨太な歴史物語であり、壮絶な階級闘争の記録であり、しかも繊細な感情を揺さぶる人間ドラマである。ユトランド半島が未だ不毛の地であった18世紀のデンマークが精細に描き出されている。人間は野蛮だ。互いをナイフや銃で殺し合うばかりではなく熱湯を浴びせかけて拷問を行う獰猛な生き物である。それでも土地を耕してジャガイモを栽培しようという主人公ルドヴィ・ケーレンの野望と情熱の周りで蠢く人々の間に、敵意や偏見や対立だけでなく情愛さえも培われていく。 この作品は史実を基にした、単なる開拓の成功譚ではない。領主と使用人の間の「庶子」(デンマーク語で Bastarde と言うのが映画の原題)として生まれた境遇から軍隊で大尉にまで出世した挙句、貴族の称号を得るために王の臣下として(王の悲願であった)土壌の改変に身を投じる無謀な男ケーレン。それを阻むためならどのような残忍な仕打ちも厭わない凶暴な、成り上がり貴族デ・シンケル。この二人の確執が血飛沫を呼ぶ。けれども孤高のケーレンの前に現れるタタール人の童女アンマイ・ムス、デ・シンケルの屋敷から逃亡して来た侍女のアン・バーバラ、デ・シンケルに婚約を迫られている貴族の従姉妹エレル。この三人の女たちとの関りがやがてケーレンを人のぬくもりのある存在へと徐々に変貌させることになる。 シリアスで禁欲的な野心家だったケーレンの生硬な表情に、薄日が差すようにやわらかな眼差しと微笑みが生まれて来るまでに、犠牲になる人や生き物の数は少なくない。大がかりな戦争の形を取らなくても闘いは過酷だ。正義や善意がいともたやすく踏みつけられ息の根を止められるのを目の当たりにするのは恐ろしい。だが歴史はそのように理不尽の上に理不尽を重ねて書き加えられてきたものなのだろう。だからこそ、人の間に通い合う情愛は貴い。この物語の中では女たちも果敢に闘う。ケーレンの最後の選択はその戦いへのオマージュでなくて何だろう。ルドヴィ・ケーレン大尉を演ずるのが「北欧の至宝」と呼ばれるマッツ・ミケルセンであるからには浅薄なロマンスになるはずがないと期待していたのは確かだ。そして、邦題から来る甘い印象は見事に裏切られた。 主演俳優に惹かれて観に行って、全身全霊をわしづかみにされる映画だった。 監督 ニコライ・アーセル ★★★★☆ |
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